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投稿者 スレッド
23nagaoka
投稿日時: 2012/5/27 21:10
管理人
登録日: 2012/2/9
居住地:
投稿: 156
承風碑
 
 メタセコイア右手に建つ。本校は二度に亘って校舎の大半を焼失している。最初は昭和20年6月の空襲による炎上、二度目は同24年2月の放火である。同月26日(土)午後7時55分、2の7教室と併設中3の6教室から同時に出火、2・3号棟戦災復興校舎12教室を総て失った。全く火気は無く、しかも本館にも机を山積みしゴミ箱に火を放った跡があったため、警察・消防署は放火と断定、懸命に捜査したが結局犯人は不明となる。物資の極端な不足、財政逼迫とあって府当局は管理杜撰のせいだと激怒、池高は廃校になるとの噂が乱れ飛んだ。心配した生徒たちは直ちに生徒大会を開き、全校生協カしてアルバイトを行い、復興資金に充当しようと決議した。感激した矢野淳一(英語)は、知人を通じて品不足に悩んでいた大箱マッチを大量に安価で仕入れ、全生徒は手分けして販売活動に入る。「よく火のつく放火マッチ」とふざける者もいたがNHKや朝日が大きく報じ、たちまち76万6千4百14円70銭の利益が出て、これに保護者・教職員・近隣学校のカンパを加えて、府当局に差し出した。
  マッチ売り上げベスト3
   5百箱   鵜野 紀夫(2期)
   4百50箱 榎木 義祐(3期)
    同    細見 英 (4期)
 
 昭和45年3月、本校学園紛争のクライマックスに退職した8代学校長雫石鑛吉は、この校史のひとこまに感激し、数十万円のポケットマネーを出し、建碑を強く望んで去った。同年9月、「創立30周年記念事業」が行われるが、その一つとして建立されたのがこの碑である。碑文は次のとおり。
 「いまここに、校舎はすべてよそおいを新ためた。しかし、かつて灰燼のなかから、わが学びやをうちたてた生徒たちの、熱い心をわれわれはながく忘れない」
 雫石は明治43年生、東京帝国大学文学部中国文学科卒。北野高校教頭から昭和41年4月本校に着任した。慈愛深くクラス写真を常に座右に置き、全生徒の顔と名前を覚えたエピソードはあまりにも有名。紛争激烈な時代だけに、大変苦労をされ「日の丸校長」などと揶揄されたのは、まことに気の毒であった。

 「承風」とは本校所在地を「承風台」と称するによる。出典は『孔子家語・好生編』、孔子が舜王を称えた語句「是以四海承風」による。承風魂・承風精神などと使われ本校同窓会も「承風会」という。



[コメント]
 今でも、「放火で失った校舎の建設資金をマッチ売りで集めるなんてブラックジョークだ」と揶揄する人が、池田高校の教職員にもいらっしゃいます。1949(昭和24)年に全校生徒で取り組めるアルバイトがどれだけあったでしょうか。想像力を働かせない気楽な揶揄に軽薄なものを感じずにはいられません。

 本文にある『孔子家語』好生第十の、本文、書き下し文、通釈を紹介します。『新釈漢文大系』(明治書院)に拠っています。

〈本文〉
魯哀公問於孔子曰、「昔者、舜冠何冠乎」。孔子不対。公曰、「寡人有問於子。而子無言何也」。対曰、「以君之問不先其大者、故方思所以為対」。公曰、「其大何乎」。孔子曰、「舜之為君也、其政好生而悪殺、其任授賢而替不肖、徳若天地而静虚、化若四時而変物。是以四海承風暢於異類、鳳翔麟至、鳥獣馴徳。無他、好生故也。君舎此道、而冠冕是問。是以緩対」。

〈書き下し文〉
魯の哀公孔子に問ひて曰はく、「昔者(むかし)、舜は何の冠を冠(かぶ)りしか」と。孔子対(こた)へず。公曰はく、「寡人(かじん)子に問ふ有り。而(しか)るに子の言無きは何ぞや」と。対へて曰はく、「君の問ひは其の大なる者を先にせざるを以て、故に方(まさ)に対へを為(な)す所以(ゆえん)を思ふなり」と。公曰はく、「其の大なるとは何ぞや」と。孔子曰はく、「舜の君たるや、其の政は生を好んで殺を悪(にく)み、其の任は賢に授けて不肖を替(す)て、徳は天地のごとくにして静虚、化は四時のごとくにして物を変ず。是(ここ)を以て四海は風を承けて異類に暢(の)び、鳳翔(かけ)り麟至り、鳥獣徳に馴(したが)ふ。他無し、生を好むが故なり。君此の道を舎(す)て、冠冕(かんべん)を是れ問へり。是を以て緩(おそ)く対へたり」と。


〈通釈〉
魯の哀公が孔子に質問した、「昔、舜はどのような冠をかぶっていたのでしょうか」。孔子は答えない。哀公が言った、「私は先生に質問しているのです。それなのに言葉がないのはどういうわけなのですか」。孔子が答えて言った、「王様のご下問は舜の重要な事柄についてを第一になさいませんでしたから、どのようにお答えしようかと思案していたところなのです」。哀公が言った、「先生の言われる舜の重要な事柄とはどんなことなのでしょうか」。孔子は言った、「舜が君主であったとき、政治では民を生かすことを好んで殺すことを嫌い、任務は賢者にゆだねて愚者をはずし、その徳では天地のように私心がなく、四季の運行のように万物を感化したのです。こういうわけで天下はその教化を受けて周辺の異民族にもゆき渡り、鳳凰は空高く飛びめぐり、麒麟はやって来て、鳥や獣までその徳に従ったのです。このことは外でもない、舜が生かすことを好んだからです。王様はこの舜の道をほっておかれて、冠のことをご下問なさいました。ですからすぐにお答えしなかったのです」。

 このように『孔子家語』の「承風」は「四海(天下)が帝舜の教化、感化を受ける」という意味です。池田高校では故事を踏まえながらも、「承風」という語を「先人の遺風を継承し、この池田高校の地が四季折々の変化にあって、しかも毅然としていること」の表現として受け継いでいます。


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